Umbrelland

柴原智咲が自分の足で世界をあるいていくブログ

近況

 

 気が付けば更新しないまま二ヶ月が経ってました(笑)

 柴原智咲です。

 

 細かい説明は省くとして、今春から、大学生の身分を手に入れました。二年間の空白はありましたが、今は学生です。

 ネタはあふれるほどあるし、毎日が発見の連続です。やっぱり周りの環境って、こんなにも影響してくるものなんだなあ!

 

 何度も何度も、試行錯誤中、と理由をつけてふわふわっといじってきたこのブログ。今度こそ、逃げ道を量産することなく、向き合って動かしていきます。

 

 そんな感じでしばらく記事の改変等が続くかと思います。

 

 目標は、「おもしろいコンテンツを充実させること」。

 まあ大学生にありがちなブログにしか見えないと思いますが、「大学生のブログ」を超えて「柴原智咲のブログ」といえる状態まで、書き続けていこうと思います。よろしければお付き合いくださいませ。

 

 

 

「社会貢献」への違和感

 

 こんにちは、柴原です。

 

 先日、とあるビジネススクール主催の、ソーシャルビジネスプランを発表するコンテストを見てきました。

 …そこに行った私が持ち帰ったのは、なんだかわからない「違和感」。

 

 なんなんだ、これは...?!!

 

 ~というわけでこの違和感の正体について考えてみましたよ、ってお話です。

 

社会をより良くする

  社会起業家。ソーシャルビジネス。

 最近、友人がこの手の方向で色々走り回っているので知ったのですが、近年、じわじわと盛り上がっているワードのようですね。

 

 はてなキーワードのリンクをみてもらえればわかると思いますが、「社会貢献」と「ビジネス」を一緒に進める――ビジネスの手法で社会問題の解決を図る―—といった活動ですね。

 

 さて。ここで既に私は違和感というか、引っ掛かりをおぼえました。

 

 ”社会をより良くする”

 

 ちょっと待って。「社会」ってなに...?「より良く」ってどういうこと...?

 

 ”ソーシャルビジネス”のメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。

  • 社会問題の解決
  • 自身の成長
  • 新たな雇用、市場の創出
  • 社会の活性化

 

 確かに「イイコト」のように思えます。「イイコト」なんでしょう。

 でも、だからと言って、「社会に貢献する」を前面に押し出す姿勢には違和感があります。事業が本当の「貢献」になっている立場に居ればまあ「イイコト」。しかし、「貢献」の陰ではまた何らかの問題の種が芽吹く。それに対して、またさらに違う人が違う手法で「イイコト」をする...。

 

 ソーシャルビジネスの名をもって、「社会の為だ!!」と人々がそれぞれに、「イイコト」を推し進める状態。

 ソーシャルビジネスは、その根本に「変えたい」という志があるからこそ強い。しかしそれは裏返せば「それしか目に入らない状態に陥りやすい」ということではないでしょうか。

 

 そもそも、「社会」って、なんでそんなに解決しなきゃいけないことが多くなってるんだ??

というか、「変える必要」ってどれだけあるんだ??

 

 

社会の為か、自分の為か

  「社会のため」「望んでいる人がいるから」。それもまた事実だと思います。

 一方で、「人に認められたい」「人に感謝されたい」という、いわゆる承認欲求も、ソーシャルビジネスというものには絡んでいるはずです。

 

 自分が活躍できる場が欲しい。

 自分の存在理由が欲しい。

 

 社会に貢献するのが生き甲斐、という裏には、「社会に貢献して、何かをやり遂げている自分」という存在への意識が潜んでいるような気がします。

 

 私自身はやったことはありませんが、発展途上国への支援ボランティア等の話はよく耳にしますね。

「子供たちの笑顔で、大きな達成感を感じました」

「こんな私でも、力になれたという自信がつきました」

 

 確かに、「より良い」ほうへと進む一歩だろうと思います。

 でも、そもそも「より良い」って何??「より良い」ってそんなに良いことなの?? 

 

 

 必死に何かをする。必死に取り組む。社会を変えようとする。

 

 しかしこの「必死さ」が、細分化が進み、全体像を捉えづらくなった現代という渦巻く海において、「自分の意味」を求めようとしている漂流者のもがきのように思える。

 ”次の時代を担う”私たちが目指すべきは、こうした他者への働きかけをする「社会貢献」なのか、はたまた個々が自分の存在の意義を問い、自分を確立して、「満ち足りた個人」になることなのか。

 

 今回のコンテストは当然「刺激しあって高めあう」「ソーシャルビジネスの促進」という面もあったわけですが、このようなコンテストから影響を受け、ただ「自分もやってみよう!!」と安易に思うだけではいけないと思う。

 

 「変えたい」という意志があるからこそ、「目の前を変える」ことだけを見ずに、「変えたい」と思う人間のコミュニティ内では完結しない、広い思考をするべきだと思う。

 

戸隠古道を行く。戸隠神社、徒歩での五社巡り。①

 

 

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 こんにちは、柴原です。

以前の記事で書いた通り、しばらくは試行錯誤が続きます。

 

umbrelland.hatenablog.com

 

 まずは、2016 年に色々なところに行った話でもしていこうかと思います。

 

 かなり前の話になりますが、2016年の9月に長野県戸隠に行ってきました。

 最初の記事以来のひとり旅です。

umbrelland.hatenablog.com

 

 成人してから初のひとり旅。ついに旅先でアルコールが飲めるようになりました。(笑)

旅の楽しみの幅も広がります。

 

 今回は長いのでいくつかの記事にわけて投稿していきます。

 

戸隠神社とは

  戸隠は長野県長野市の北西部にあります。

 JR東日本「大人の休日俱楽部」のCMで有名になった樹齢400年を超える杉並木が印象的な、パワースポット。

 そうです。吉永小百合さんが出てるあのCMです。

 

 戸隠神社とは何ぞや、ということでまずは基礎知識を。

 戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。
その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。
平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。
  江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めました。

明治になって戸隠は神仏分離の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至ります。

 

(戸隠神社HPより引用)  

 

 

 うーん、長い!

 とりあえず、戸隠山ってところに五つの神社があって、五つまとめて「戸隠神社」と呼ぶわけです。で、この五つの神社を全部まわるとバランスよく運気が上がるといわれています。これが五社巡り。

 

 順番的には、「宝光社(ほうこうしゃ)」→「火之御子社(ひのみこしゃ)」→「中社(ちゅうしゃ)」→「九頭竜社(くずりゅうしゃ)」→「奥社(おくしゃ)」が一般的。

 

 これが正式!とか順番なんてない!とか色々言われているようですが、私はこの順番でまわりました。

 戸隠までは、長野駅から直通バスが運行しています。

 

戸隠古道を行く

  戸隠山は、古くからの山岳信仰の地。多くの修験者が参拝のために歩いた道が、今も戸隠古道として残っています。

 戸隠古道の起点は、飯縄山(いいづなやま)の麓。かつてはここに、戸隠神社の一つ目の鳥居があったのですが、200年ほど前の大地震で倒壊してしまい、今現在はその一部が残るだけ。

 

  ここは現在、一の鳥居苑地という飯綱高原最大の自然公園となっています。

実を言うと柴原はバスを降りて早々、プチ迷子状態となってしまったので鳥居跡は見れませんでしたが...。

  ここでも、ヤマツツジをはじめ、春の訪れから秋の紅葉までさまざまな植物が楽しめるようです。

 

 さて、長野駅からの直通バスに乗ること約45分。一の鳥居を目指すべく、バスを降ります。 

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 戸隠古道、というくらいだから、すぐに標識とかあるんじゃないか...?そんな私の期待を見事に裏切った一の鳥居バス停。

 

 車はたまに通るけど、歩いてる人はひとりもいません。戸隠古道の方向どころか、一の鳥居苑地の方向さえわからず...。

 

 でもまあ歩けばどっかに着く!と、車道に沿って進んだ先にカフェがあったので、そこで道を訊いてみました。戸隠神社に歩いていきたいんですけど、どっちに行けばいいですか...。

  親切にも地図まで出して説明してくれたのですが、曰く、

「道はあるけど...熊の道ですよ?」

とのこと。

 

 そうなんです、その熊の道を歩きに来たんです......。

 

 ~と、「熊の道」とは言いましたが、これが比喩ではないんですね、さすが長野。戸隠一帯も、ツキノワグマの生息地。神社周辺にも出没するらしく、熊鈴は欠かせません。

 

 聞けばつい数週間前にも目撃情報があったばかりだそうで、20代女子ひとり歩きはさすがに心配されましたね。(笑)

 

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 何はともあれ、カフェでもらった地図のおかげもあって無事に戸隠古道へと入りました。 

 

 ここからまずは、宝光社を目指します。  

 

次の記事へ続く(近いうちに更新予定)

仕事をする、ということ。

 

 「仕事をする」とは一体なんなのか。

”働いて”対価をもらう、こと。”誰か”のために”なにか”をする、こと。"自分の時間"を使う、こと。

 

 私は、一年くらい前まで学生をしていました。詳しい経緯は省くものの、学生としての生活――小遣い稼ぎのアルバイトはしていても、学業の合間にやる程度――からの、仕事がメインの生活への変化は私のなかでは大きな変化。

 

 学生生活の間は気づかなかったものが、見えるようになる。いい意味でも、悪い意味でも。

 

 「仕事」とはいっても通常の就活を経て入社した一般の会社員、ではないのでどこまでが一般に通じる話なのかもわからないですが、「仕事をする」なかで感じた事について書いていこうと思います。

 

「仕事」をする、とは

 まず気付いたのは、誰かの指示を確実にこなすことだけでは、仕事とはいえない、ということ。こなすだけでは、作業にすぎないんだ、ということ。

 

 「言われてやるのは作業、自分で探していくのが”仕事”」

 上司があるとき言っていたことばです。

 私は、学生時代のアルバイトを含め、接客系の仕事、チームプレーで進めていくような仕事に携わってきています。当然そこでは、協力することは必須。

 しかし、だからといって、上からの指示に従うだけでは仕事とは言えないんですね。難しい。

 

 

 ”仕事”とはなにか。

 私が思う”仕事”とは、やるべきことをこなしたうえで、自分で考えプラスして、より良いものを目指してアップデートしていくこと。

 ひとりでは成り立たないものを、動かしていくために、仕事がある。

 

 そもそも、”仕事をする”というのは、「ひとりでやるよりも大きなリターンを得る」ためにできてきた仕組みなのだと思います。

 

仕事のできる/できない

 同じ指示を聞いているんだから、多少の早い遅いはあったとしても結果がそう変わるわけじゃないだろう。私はずっとそう思っていました。

 

 でも、そうではなかった。

 仕事のできる/できないというのは、外からは見えなくても、一歩踏み込めばどこにでも存在しているのだと思います。

 

 学校の科目にも得意・不得意があったように、この人はこういうことをやるのがうまいな、とか、この人はこれをやらせても無駄な動きが多い、と感じることがあります。努力だけではない、本人の意志とはまた違う「適性」というものは大なり小なり、あります。見えていても、見えていなくても。

 

 言ってみれば当たり前のこと。”社会”においては当たり前の前提かもしれない。

 

 ”どの仕事も100%でこなせる人”の集まりというのは、存在しない。だからこそ、私は適正に合わせた仕事を任せるということが必要なのだと考えています。

 

「時間」を売っている、ということ

 この記事を読んでいる方もそうかと思いますが、学生、主婦の多くは「アルバイト・パート」としての雇用が一般的です。

 その給与はたいていが「時給」制。

時給でもなんでもいいじゃーんお金もらえるし!と私も思っていましたが、これってつまり、「時間」の対価として給料をもらっているわけで。

 時給950円、なら「1時間」を950円で売っているんだ…と。

 

 24時間しかないうちの、1時間。言ってみれば、時間の切り売りでもある。

 

 それなのに、対価が950円。...この対価が適正かどうかは時と場合にもよります。

だけど、たかがお金のためだけに、時間を安売りしてはいけないと思います。少なくとも私は嫌。

 

「時間」という代償がある以上、対価が「お金」だけになってしまっては割に合いません。 

 

それならば、どうするか。

 色々な適性があるなかで、「こなす」だけでは仕事にならなくって……。

 

 いちばん良いのは、好きで、楽しんでできて、且つ自分に合っている仕事をそれぞれが分担する。その結果、全体としてプラスになるものが作り出せること。

それがスタンダードになれば、とっても有意義だと思います。

 

 私が仕事をする前提は、「自分が楽しいと思うこと、少なくとも自分の糧になっていくこと」です。

 そうでなければ、やる意味ないじゃん。私はそう思っています。

 

  仕事を「しなければならない」なんて、そんなつまらないことってある??

お金を得るのが理由なら、自分が好きなことでお金を得る方法考えたらいいじゃん。この考えが通用するのは、今や若い世代だけではなくなってきているんじゃないか、と。

 

  よく言われていることですが、終身雇用の時代はもうすぐ終わって、個々が仕事を探し、作り出す時代は目の前まで来ていると思う。

 

  これからは、「自分の時間」の使い方の一つとしての、「仕事」のあり方が確立されてきてもいいんじゃないかなあ、と思います。

 

雑記的なものをゆるゆると書いてみる。

 

 しばらく試行錯誤が続くということで。今日はゆるりと雑記のようなものを書いてみます。

 テーマは、最近考えていることについて。(...後々記事としてまとめられたらいいなあと思っています。)

 

 今回はあくまでふわふわとした雑記なので、裏付けもなんにもありません(笑)

 きちんとした記事が読みたかったら、他のブログをあたるか、半年後にあらためてこのブログを見に来てくださいね。

 

最近考えていること①―これからの世界とデジタル

 いきなりでっかい話!(笑)

 こう書くと大きく見えますが、これからの世界は、「無限の可能性のある世界」だと私は思っています。

 だって、こんな一個人が、簡単に情報発信できちゃう時代だもの。

 

 私は現在20歳。子供の頃から携帯電話はあったし、DSで遊んでいたし、パソコンも身近にあった世代です。どちらかと言えば、デジタル世代なのかもしれない。でも、現在の小中高校生よりはもちろんアナログに近い。

 

 私個人としてデジタルとの距離があった、のかもしれませんが、自分としてはデジタルネイティブであるとは思っていません。

 個人差が大きくなり始めていた境の世代なのかも?なんて。

 

 電車などでスマホを使いこなす、生まれた時からデジタルに囲まれて過ごしてきただろう小学生たちを目にすると、「ああ、デジタルネイティブ世代って”強み”だなあ」と思います。

 ...たかが20歳がそんなこと言ってどうする、という感じなのですが。

 

  日々、技術は進歩し続けている。そのなかで、「あたらしい」ものが生み出されている。

 期待するとともに、私自身も、ひとりの若者として、世界に携わっていきたい。そんなふうに思っています。

 

最近考えていること②-自分の頭で考えることの重要性

 私はそこそこ本は読むほうだと思っています。...あくまで「そこそこ」なんだけど。

 

 読書家といわれる人の多くが言う、「読書の必要性」。私も大いに賛成です。

 

 ~というあなたもブログを読んでいて、しかもこんな無名のブログまで見ている、ということは文字を読むのが嫌いではないんでしょう。だったらこのことは きっとわかってもらえると思う。

 

 文字を、受け入れるだけでは、何も進展しない。

 

 まず第一に、読解。読み解くことができるのが必要。それから、自分の意見をかたちにできていることも重要。それから、自分で「考え」て、述べることができなくてはいけない。

さらに言えば、できなくてはいけない、というか、できるようにならなくては勝負できない時代が来るんじゃないか、と。

 

最近考えていること③-自分の時間を生きること

 自分の時間を生きる。って何を当たり前のことを...って?

 でも、現代において、どれだけの人が「自分の時間」を生きているって胸を張って言えるんだろう。

 

 待ち合わせに遅れた友人を待つ。アルバイトをする。誰かのミスに、腹を立てる。

見方次第でそれらだって、自分の時間を、誰かのために使ってしまっているということで。

 

 最近は、お金という価値よりも、経験を重視する人が増えている、とも聞いたことがあります。

 「よりよく生きる」ということが、見直されるべき分岐点に、私たちはいるのかもしれない。

 

(一応)まとめる。

 今回は「雑記」ということで考えていることからいくつか書いてみました。

 

 相変わらず、慣れていないせいで記事を書くのに時間がかかります。

文体も、どうだろう。内容も、どうだろう。いっそひとつずつ記事に仕上げてから公開すればよかったんじゃないか、とか。

 

 記事を書くたびに、改善すべき点は次々と現れます。

 

 だけど、たまにはこんな感じで、ただつらつらと、文字を打つのもいいかもしれない。

はじめに

 

 

 度々更新しております、自己紹介の記事です。

 柴原自身(興味関心の分野とか)についての紹介記事も近日公開予定、同じく随時更新していきます。

 

はじめまして。

 初めまして。柴原智咲です。しばはら・ちさき、と読みます。

今日は私のブログ、「Umbrelland(アンブレランド)」を訪れてくれて、どうもありがとうございます。

 

 さて、このブログは見ての通り、未完成です。

手探りどころか、公開していいのか疑問なくらいのクオリティです。今現在は。

 

 じゃあ何がしたいのこのブログ?と。長い説明とか嫌いなのでざっくりと紹介しておきます。

 

 

このブログは何なのか?

 試運転のブログ、という位置づけで動かし始めました、いわゆる雑記ブログです。

 

 2016年に立ち上げてはいたのですが、いまいち方向性が定まらず。記事は書いてみるものの公開には至らず、下書きボックスに、結論までたどり着かない記事が量産されていくばかり。

 

 そして、だったらもう見栄えなんて気にせず動かしちゃおう!と踏ん切りがついたのが最近、ということです。

 

このブログで何をしていくつもりなのか

 まあ似たようなブログは山のようにありますが、旅行、写真、美術あたりを軸にして記事を展開しようと考えています。あとは日常の発見、とか気付き、とか。

 軌道に乗り始めたらさらに広げていくことも考えているけれど、第一は「文章を書く」「発信する」機会をつくっていくことですね。

 細かいことはやっていくうちに何とかします。何か意見があれば遠慮なくツッコんでください。

 

 初めは安定しない投稿が続くと思いますが、すこしでもおもしろいコンテンツをつくれるように日々精進していきます。どうぞよろしくお願いします。

 

 

未成年ひとり旅最終章

 

 

 今年の7月で、私も20歳になりました。20歳といえば、お酒が飲める、煙草が吸える等に代表されるように様々な制限が無くなり、その責任を自分で負うことができる、責任を負う必要がでてくる年齢でもあります。今回の記事は、私が20歳になる2週間ほど前の、未成年ひとり旅の記録です。

 

 未成年である以上、守られた立場ではあるものの、制限も多くなります。そんななかでのひとり旅。

 

 旅したところで、地酒やワインは飲めないし、旅館などに泊まるにも経済力も無い。場所によっては、未成年者ひとりでの宿泊は親の許可が必要、というところもあるくらいです。しかし、むしろそんな今だからこそできる旅というのがきっとある......そんな思いからの、未成年ひとり旅も、3回目。二泊三日の信州 安曇野の旅。

 これからも私の旅は続いていくけれど。未成年としての旅は最後。 

次の旅からは、お酒もワインも飲めるし、楽しめる幅も広がる。それが楽しみでもあり、未成年としてちょっぴり制約のある小さな冒険を楽しむことも終わりだと思ってちょっとだけ寂しくもあり。

  そのときだから、できること。その日限りの出会い。旅をするというのは偶然の積み重ね。だからこそ、定期的に旅がしたくなるんですよね。

 

 

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大王わさび農場

 

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 安曇野穂高駅から少し離れたところにあるわさび農場です。

 農場の名前の「大王」は敷地内の大王神社に由来します。この神社は民話に登場する魏石鬼八面大王(ぎしきはちめんだいおう)の胴体が埋葬されているとされる神社です。

ここをはじめ、安曇野地域には、この八面大王の様々な伝承が残っているようです。

 

 安曇野は綺麗な水が豊富で、わさび栽培をはじめ、米作りなどが盛んです。

いたるところにわさび田があり、田んぼが広がり、空は青く広く。流れていく風がなんともいえないほど気持ち良くて心地よくて。

 わさび農場は、最寄りのJR穂高駅から約2km。よく駅前のレンタサイクルの利用がおすすめされていますが、 あえて徒歩でいくという選択もいいと思います。やや距離はあるものの、天気が良ければ広い空の下、田んぼが続く広い道を歩いていくので苦にならないと思います。

写真を撮るのが好きな方であれば、徒歩での移動がおすすめ。自転車ではいけない、あぜ道や川原にまで立ち入って写真を撮ることができます。

 

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 敷地内にはこんな感じのわさび畑が広がっています。本来、わさびは薄暗い日陰で成長するため寒冷紗(かんれいしゃ)という薄い布で日光を遮っておくのだそう。 

  わさび田の水に触れられる(足をつけられる)場所もあったので、手をいれてみましたが、思っていた以上に冷たい!

 

 名物はわさびソフトクリームやわさびコロッケ(私が期待してたほど”わさび”じゃなかった...)などのわさびグルメ。それからわさびを使った漬物やお菓子なども売っています。

 

花見ほたる祭り

 安曇野市の北に位置する、池田町 花見(けみ)地区の『花見ほたるの里』。この辺りは、地元の方の努力もあり、水路周辺でホタルを見ることができるスポットです。6月下旬から7月中旬にかけて、ホタルを見ることができるそうです。ピーク時には、数千匹以上のホタルの乱舞が見られるんだとか。

 毎年開催されている「花見ほたる祭り」も今回で18回目。この期間は、水路の近くの花見集落センターに模擬店などが設置され、会場までの無料シャトルバスも運行します。

 ホタルが見られることもほたる祭りがあることも、当日の夜まで知らなかったのですが、長野に来て、ホタルが見られる......これは行かない理由がありません。

 泊まったゲストハウスのマネージャーさんがシャトルバス発着場所まで送ってくれて、あとは自由行動。同じくゲストハウス宿泊のイギリス人のお姉さんと一緒にホタルを見てきました。

 彼女は、日本に来るのもホタルを見るのも初めてだったそうで。私の拙い英語でのコミュニケーションなのでたいしたことは話せなかったけれど。

ゲストハウスに泊まるという選択は、こういう出会いがあるからこそ。

 小雨も降っていたので、乱舞とまではいきませんでしたが、ホタルが見られただけでも満足です。昔はもっと居たんだけどね、という声もちらほら聞きましたが、 いつまでも、こんな風景が残っていたらいいなあ。

 

 

安曇野ちひろ美術館

 『窓際のトットちゃん』をはじめ誰もが一度は目にしたことがある、可愛らしいこどもの絵で知られるいわさきちひろ。そんないわさきちひろの美術館が、東京・練馬と安曇野にあります。

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 このときの企画展示は”ちひろのスケッチ紀行”。旅行も好きだったという、ちひろさんの、旅先でのスケッチも見ることができました。

 そして、ここ安曇野ちひろ美術館の魅力は、ちひろだけに終わらないこと。世界中の絵本を集めた美術館でもあるのです。

 私自身は、子供のころはどうしてか「絵本」自体が好きではなくて、あまり”懐かしい”という思いもないのですが、きっと懐かしい作品に再会できるとおもいます。

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 展示を見終わった後は美術館内のカフェでランチ。こんな風景を目の前に、ゆっくり昼ご飯もいただけます。ごちそうさまです。

 

 

道祖神

 安曇野といえば、外せないのが「道祖神」。道祖神は、辻などによく祀られている石仏で、もともとは悪霊や疫病などの邪悪なもの、厄災が集落に入り込むのを防ぐために、村の境界や、辻などに祀ってきたものだといわれています。

道祖神は、全国的に分布してはいるのですが、なかでも安曇野道祖神の宝庫と言われるほど道祖神が多くみられる地域です。

市内には500体を超える道祖神が祀られているんだとか。

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 安曇野を歩いていると、このような道祖神が、度々目につきます。ひとつひとつ、違った表情や雰囲気で、道祖神を訪ねながら安曇野を散策する、というのもまた良い過ごし方かもしれません。ちなみに「道祖神めぐりマップ」というのも用意されているので参考にすると良いと思います。

 

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 こちらは数ある道祖神のなかでもポピュラーな「水色の時道祖神。1975年に放送されたNHKの連続テレビ小説水色の時」のために製作された道祖神だそうです。

 

穂高神社

  こちらは穂高駅から大王わさび農場へ向かう途中にある神社。信州の中心ともいえる穂高にあるこちらの神社ですが、その奥宮は北アルプスの玄関口 上高地に、そして嶺宮は奥穂高岳の山頂に祀られています。そのため、”日本アルプスの総鎮守”ともいわれています。

 上高地にある奥宮には以前行ったことがあったので、ここがあの穂高神社の本宮か、と。駅からも近いのですが、境内は静かで落ち着いた雰囲気です。

 

 

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 以下、おみくじに書いてあったので。

 神の教え: なさけこもった其一と言(そのひとこと)に死んだ心も生き返る

優しい一言がどれ程先方の胸に暖かい光を与え、力を添えるか。言葉には魂があり、力がある。常に神様と御一体になって、暖かい心を養ない、よい言葉、優しい言葉で人を慰め、人をいたわり、明るい世の中をつくりましょう。とげある言葉は人をきずつける。

 

 普段、何気なく発してしまうその一言。伝える内容も大切ですが、伝えるときのその一言をうまく選ぶだけでも、受ける印象は変わります。なるべくなら、よい言葉、優しい言葉を。

穂高神社の雰囲気のせいか、そんなことまで考えてしまいました。

 

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  本殿の前に立つ、こちらの「孝養杉」はパワーツリーとして有名なんだとか。樹齢は500年を超えているそう。

 

おわりに

 以上で私の、未成年ひとり旅は終わりです。ひとり旅~とはいうものの、まだまだ旅行自体に不慣れで。まだまだ”紹介されてるスポットをめぐってみる”程度の小さな旅です。

 行ったことのない場所に行ってみる。知らなかったことに出会う。

 日本全国、行ったことの無い場所だらけです。さらに世界に目を向けたらなおさら。

 これから先のことは、まだわからないけれど、時間をつくって、いろいろな場所を訪れてみたいと思います。

 

 旅は始まったばかり。

 

 

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