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柴原智咲が自分の足で世界をあるいていくブログ

いきなりステーキでアルバイトをしていた話

 

 

 こんにちは、柴原智咲(しばはらちさき)です。

 

 いきなりステーキ、話題になっていますね。これまで「高級なもの」という認識だった厚切りステーキをこんなにも気軽に食べられる。驚きですよね。

 

 さて、そんないきなりステーキは私にとって、数か月前までキッチン・ホールスタッフとして働いていたアルバイト先でもあります。

 今はいきなりステーキのアルバイトは辞め、飲食バイトからも手をひきました。

 けれど、いきなりステーキでのアルバイトは今現在に活きているなあ、と思う場面が多くあるので、今日は当時を振り返る話を書いていこうと思います。

 (これからいきなりステーキで働きたい方の参考にはならないと思いますのであしからず。)

 

 かつてはキャスト(いきなりステーキの会社、ペッパーフードサービスではアルバイト個人を尊重して“キャスト”と呼びます)として貢献させてもらっていた身ですが、辞めた以上は必要以上にあれこれ言える立場ではないと思っていますのであくまで中立の視点、個人の意見として書かせてもらいます。

 

いきなりステーキのアルバイト

 

 バイトを始めたきっかけは、オープニングスタッフであったこと、それから、時給が高かったことの二点。

 当時はまだ地方展開もそこそこで、店舗数も今の半分以下でした。知名度もまだそれほど高くない頃で、面接でいきなりステーキを知っているかと訊かれて、知りません、と答えたのを覚えています。

 

 飲食店のバイトといえば、研修期間とは名ばかりで、とりあえずやってみろという場合が多いという話も耳にします。

でも、ここはオープニングスタッフの強み。理念、オペレーション(仕事の流れ)、機材の扱いなど、丁寧に教えてもらいました。

 

 経営理念の読み合わせから、あいさつや接客トークの練習、そして実際に鉄板を運ぶ流れをみんなでやってみたり。

 

 研修の社員さん、結構好きだったんだよなあ。相変わらず、やっているんだろうか。

 それにしても、オープニングスタッフで入らなければ、それも研修期間にしっかりシフト入れなければこの辺りは経験できないのはもったいないなあ、と思います。

 

 正社員として入社すれば、研修店舗での研修(社員さんはなるべく行きたくないようでしたが)も定期的に組み込まれており、スキルアップできる環境はあるんだな、という印象でした。

 

 まずは全員一番基本のホールの仕事からスタートして、そこそこ仕事のこなせるキャストはディシャップ(キッチンからホールへの料理提供のつなぎ役)、レジ係など次々と仕事を任されていきました。

 

 単独の作業よりも連係プレーが必要ないきなりステーキでの仕事。みんなで協力してお店を回していく、という雰囲気が私は結構好きで。

 特にランチ帯などは、いかにうまく流れをつくるかがポイント。肉を焼く、鉄板を温めるタイミングを読むキッチン。席への案内と注文、料理提供を並行して回すホール。回転が途切れないように程よく鉄板や皿を洗浄する洗い場。難しいけれど、どのポジションもなかなかやり込める仕事でした。

 

 

私の好きだった仕事

 

 さて、そんないきなりステーキの一番の売りは、「量り売り」であること。

 そんなお店の顔ともいえるのが、お肉をカットしてくれる「カット場」ですね。

 

 「いらっしゃいませ。ご注文のお肉の種類はお決まりでしょうか。」と尋ねてくる店員さん。そこで希望のグラム数を言うと注文通りに目の前でカットして計量してくれる。

 行ったことがある方はわかると思いますが、いきなりステーキでのステーキのオーダーはこんなふうになっています。

 

 私はこの「カット」の仕事を多く任されていました。

 お客さんの目の前で、普段目にすることがないであろう牛ステーキのカットを見せる。今になっても思うけれど、とても素敵なポジションです。

 

 ぴったりに切れた時、素直に喜ぶお客さんの反応はこちらもとても嬉しいものです。

 とはいえ切るのは人間、百発百中とはいきません。うまく切れなくても、なるべく納得してもらうこと。これもカット場担当者のスキルのうちです。

 

 お客さんとの対話が多くある、この仕事が私は大好きでした。

 

当時、良かったと思うこと

 

 いきなりステーキでのバイトのなかでいちばん刺激になったのは、たくさんの社員さんとの出会い。

 ちょうど、成長の真っただ中で、入れ替わりやヘルプ、研修が重なり、たくさんの社員さんと一緒に仕事をさせてもらったのが、今の私の糧になっていると思います。

 

 調理の道からやってきた社員さん。飲食チェーンを転々としてきた社員さん。自身のキャリアへの野心を燃やして他分野から飛び込んできた社員さん。ただ料理が好きで。接客がしたくて。……いきなりステーキで働きはじめた理由は様々。それまでの経歴も様々。

 

 様々なキャリアをもつ社員さんと仕事をすると、色々な話がきけてとても新鮮でした。

 

 肉の焼き方も、何度もいろんな人に訊いてみたりして。たしかに基本は基本なんだけれど、教えかたの上手い人、ちょっとしたコツを教えてくれる人、豆知識でさらに興味を引き出してくれる人。

 接客も、ただ「いらっしゃいませ」と言う、必要なことを伝える、という単純な話ではなくって、その人の人柄や話し方をうまく使って「この人だからできる接客」をしているんだなあと感じる場面がいくつもありました。

 

 スタッフ同士での合う、合わないももちろんありましたが、様々な人がいて仕事が成り立っているのだと改めて感じました。

 

私にとってのいきなりステーキ

 

 と、ここまで書いてきた通り、いきなりステーキに対して、それほどマイナスイメージは持っていません。

 

 しかし、よく言われるように忙しいのも事実。長く続く店舗ではオペレーションが緩く(ハウスルール的に)なってしまうのもきっと事実。あくまでアルバイトであったからこの程度だけれど、社員さんや店長など責任がある立場においては、これほどのんきなことは言っていられないと思います。

 でも、それでもいきなりステーキが好きな人、飲食業が好きな人、成長への野心がある人たちが残って続いていくんだろうなあと思います。

 

 いきなりステーキのみならず、チェーン展開をしているすべてのお店にいえることかもしれないけれど、やはり末端を支えているのはアルバイトなどの本部とは遠い人たちです。

 私はかつてその一端にいて。ある程度貢献していたのかもしれないし、それほど役に立っていなかったのかもわからないけれど確かにそこにいて働いていました。

 

 学生で、手軽だから、と飲食バイトをしている人も多いと思います。

 私も、飲食バイトは誰でもできる、お金を稼ぐ手段、程度の認識で始めました。でも、俯瞰してみると、いきなりステーキがあれだけまわっているのはアルバイトスタッフの力なんだなあと感じます。多分、他の業態でもそうなんだろう。

 

 オープニングスタッフではじめたことも影響してか、どちらかといえば、意識は高いほうでした。

私がいきなりステーキで働いていたのは、お金のためだけではなかったし、あの頃は楽しくてシフトをいれまくっていたから、仕事も苦ではなかった。まさに社長の理想どおりだったかもしれません。

 

 しかし、それから後、必要に駆られてというよりは嗜好品に近いかたちで動物の命を食べているということに気付いたり、生産者の顔、生産者の生活、実際に牛が生きているところを目の前で見たり、そして屠殺(とさつ:動物を殺して食肉に加工すること)という仕事の在り方を知ったり。

 そういう考え方を学んでいるうちに、肉を切って売る、回転を上げて利益を得る、そういうビジネスの在り方に、全面的に組み込まれることはできないな、と思ってしまって、私はいきなりステーキの仕事を辞めました。

 

 私はいきなりステーキで働いていて良かったと思っています。でも、いろんな視点を借りて見てみると、引っかかるところもたくさんあります。

 そして今、いきなりステーキで働きたいかといわれると私は働きたくありません。

 

 それは私の考え方の変化の問題もある。働いている社員さんたちが大変そうだったのを見ていたこともある。そもそも、私が飲食業のしくみ自体にうまく合わなかったのかもしれない。

 ただ、私にとって、いきなりステーキから離れる時だったのだと思います。

 

 それでも、一年ほどの短期間であったけれど、いきなりステーキはとてもいい時間を過ごすことができた場所だと思っています。今後わざわざ食べに行くほどのファンではないけれど、やはりおもしろい場所だなあとは思います。

 

 飲食業で、人を幸せにする。

 運よく一瀬社長には何度かお会いしたことがあるのですが、とてもパワーのある社長でした。

 

 たかがアルバイトではありましたが、確かに私は恵まれた環境にいたのだろうと今は思います。

 

”つくる”ということへの姿勢

 

こんにちは、柴原智咲(しばはらちさき)です。

 

先日、自分の絵を展示する機会がありました。
絵と、写真と、立体と。
いままでを振り返る機会として、展示をするというかたちをとりました。

貸しギャラリーが増え、どこの誰でも気軽に展示ができる時代。
「展示」の意味は、変わりつつあるように思います。


作品展示って、どう思いますか。
私は、あまり好きじゃない。

作品を見せて、ただ「良いね」って言われたい。
そういう展示が、私はきらいです。

良いね、って言われる為だけに作品を作る。もちろん、それは素晴らしいこと。
だけど、私はそれがきらい。
「ものをつくる」って、そんなに単純じゃないと思うのです。


展示に添えた感想用のノートに書いてもらったことばたち。
「すきです」
「共感しました」
「世界に入り込めました」
もちろん、嬉しい。

でも、私がいちばん気になったのは、小さな潰れた薄い字で、くしゃっと書かれたひとことでした。

「よく わからない ? 」

よく書いてくれたなあと思います。

よくわからない。
きっとその人も迷いながら書いたのだろうけど、そう書けることが素敵なことだなあ、と嬉しくなりました。

わからないけど見て、わからないと言ってくれた。
作品展示を見るって、そういうことで良いんだと思います。


何のために作るのか。
ものをつくる人たちには、様々なタイプがあるとおもいます。

つくること自体を楽しむ人。
つくったもので人と関わることがすきな人。

作ったものはみな、「作品」と呼べるのかもしれないけれど、
「思考と模索の結果としてできたもの」と
「売るための、人と関わるための手づくりのもの」
では意味がちがうとおもうのです。


私は、私が作りたいから作っているのであって。
私は、私が書きたいからこうして書いているのであって。

見てもらうために作り、反応をもらうために書くようになったら、
それは、私ではなくなってしまうことのような気がします。

見てもらえる場は、つくるかもしれないけれど、反応をもらうために見せる場は、つくりたくない。


頼まれなくてもつくる。
私はきっと そんな人々が、すきなのだとおもいます。

私たちは時間という資源を軽く見ているんじゃないか?

 

 こんにちは、柴原智咲(しばはらちさき)です。

 

 世の中には時間術を語る本が、本屋の一角に特設コーナーを作れるほど存在します。「一日を◯倍にする時間術」「成果をあげる!◯◯式、時間術」的な奴ですね。

 それほど、「時間」をうまく使いたい、という願望があるわけです。

 

 では、これを読んでいる今は朝でしょうか?お昼休み?それとも夜?休日?

今日起きてから、どれくらいの時間が経っていますか。

 

 ——私がこれを書いている今は、夜23時。もう今日も終わり。

起きてからは...16時間くらいでしょうか。もうそろそろ眠い頃です。

 

 で、それがどうした?と。

 

 ”毎日される、翌日に繰り越せない一定額の銀行振り込み”という例えをされることがありますが、時間は万人に与えられた資源とみることができます。

 全員与えられた条件は同じく一日24時間。一年が365日。

それなのに、実際に時間をうまく使えている人ってほんの一握り。何が違うんだろう。

 「時間」という資源を実感する機会が何度かあったので、今日は時間について述べていこうと思います。

 

私たちは時間を意識していない?

 

 さて、冒頭で「今日起きてから、どれくらいの時間が経っていますか」と訊きましたが、すぐに回答は思い浮かんだでしょうか?

——かくいう私も、書きながら数えました。

 

 何も意識しなければ、一日の時間全体の感覚などそのくらいのものです。

 

 時間が欲しいという割に、どれだけの時間を使ったかについての意識はどうやらとても低い。

 だから、いつもいつも最後になってから時間が足りないことに気付くのです。

 

私は何に時間を使っているのか?

 

 自分が何に時間を使っているのか。特別なきっかけでもない限り、意識したことは無いと思います。

 

 私の場合、幸運にも(?)きっかけが2つもありました。

 一つ目は最近…といってももう半月ほど経ちますが、週2~3回、学校終わりにしていたアルバイトを辞めたこと。

 二つ目はiPhoneが水没状態になったこと。

 

 バイトをしなくなってから当然、バイトに充てていた学校終わりの時間が増えました。それも自分で思っていたよりも多くの時間が。...時間給で働く、つまり時間を売るとはこういうことか、と実感します。今年の前半、バイト漬けの時期に稼いだ金額を見直すと複雑な気分です。

 

 そしてiPhoneの水没で、LINEなどSNSをはじめ、今までiPhoneでやっていたことが何もできない状態に。

 すると必然的に、スマホをいじっていた時間が他のことに使えるようになります。通学時間、朝起きてすぐや寝る前の数十分、日によっては一時間超。

 

 何はともあれ、この二つの出来事が重なったことで、何もしない時間が生まれてしまい、私は時間の使いかたを見つめ直すことになったわけです。ラッキー。

 

 何に時間を割いているかについては個人差が大きいと思いますが、いちど自分が何に時間を使っているのか見直すといいと思います。自分の時間を作る第一歩です。

 

時間は増やせる

 

  と、いつでもだれでも変わらずに一定分だけ流れ続ける「時間」ですが、使い方を考えればかなりの部分増やすことができます。それだけ無駄がある、改善余地があるんですね。

 

 自分が何に時間を使っているかを把握したら、あとは減らせる部分を減らすための仕組みを作ること。

 これで、かなり時間が増やせます。

 (もう一度言いますが、iPhone水没は本当に時間が増えるのでおすすめです!)

 

 携帯を持たない身になってみると、電車での移動時間、いかに多くの人がスマートフォンをいじっているかに目がいきます。

 

 私は本を読むのも好きなので、iPhone水没後は電車内を本を読みながら過ごすことにしましたが、こんなに本を読み進められるだけの時間を、SNSを監視するだけで使っていたのかと思うとちょっとぞっとします。

 

 時間は、限りある資源でありながら、使い方次第でいくらでも輝きます。ほんの少し意識するだけで、これほど変化がある。たくさんの可能性がありますね。

 

 現在、SIMを別のスマホに入れ替えて通信手段は復活したのですが、あれ以降なんとなく使わない癖がついてしまいました。

 スマホに触れる時間が減ると、本当に時間が増える。

 小学生の頃など、かつてはスマホどころか携帯もなく毎日を過ごしていたんだよなあと思い返すと不思議ですね。

 

 スマホを水没させる、とまで極端な行動は必要ないかもしれませんが、自称「忙しい」自分の時間がどのように構成されているか、考える時間を持つことも大切だなあと思います。

幻のスイーツ、「栗の点心”朱雀”」を求めて栗の町小布施へ!

 

 

 こんにちは、柴原智咲(しばはらちさき)です。

 

 2016年は、最初の記事みたいな感じで軽いひとり旅を何度かしていたので記事にしてみようかと思います。

 

(最初の記事↓) 

 

umbrelland.hatenablog.com

 

 

栗と北斎と花のまちへ!

  2016年秋。私がひとり旅の行先に選んだのは...長野県小布施町(おぶせちょう)!!

 

 ”栗と北斎と花のまち”長野県小布施町は長野県の北部、県庁所在地の長野市の右隣に位置する小さな町。面積19㎢、長野県内でいちばん小さい町でもあります。

 

 でも、ただ小さいだけじゃない!景色は綺麗!食べ物もおいしい!葛飾北斎をはじめ、美術も楽しめる!

 

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 そんな小布施町長野駅から長野電鉄で約30分と、 アクセスも良く、気軽に訪れることができます。

 

栗を食す!!

 さて、秋の新栗シーズン。栗のまち小布施には焼き栗をはじめ、栗おこわなど、栗を使った食べ物がいっぱいです。しかも、ぜんぶ美味しそうなので、どれを食べてみようか迷う!迷う!!

 ざっといくつか紹介します。

 

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↑ 味麓庵(みろくあん) 福栗焼き(一個290円)

  甘さ控えめの栗餡と栗まるごと一個が入っています。注文を受けてからつくってくれるので、焼きたてが食べられます。が、すぐに行列ができるので少し待つことになるかも。なかなか満足のボリュームです。

 

 福栗焼きのほかに、おやきも売っているのですが、このおやきも生地がモチモチしていてとっても美味しい!

 

 ちなみに福栗焼きは地方発送もしています。リピーターも多いんだとか。

mirokuan-sanei.com

 

 

 

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 ↑ 竹風堂 栗おこわ

  本店二階の食事処でいただきました、栗おこわ。こちらは二種類ある栗おこわ定食のうちの山家(やまが)定食。栗おこわのほかに煮物や味噌汁、ニジマスの甘露煮までついてきます。

 食べ終わったらご馳走様、と言いたくなるような定食です。

 お店の方も丁寧だし、居心地もいいので昼食にぴったりだと思います。

 

 

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↑ 竹風堂 栗あんソフト

 

  あとは写真を撮り忘れてしまったけれど、マロナップルというお店の「マロンプリン」。これも美味しかったですね。

 ほかにも栗あんみつだとか、モンブランだとか、そこらじゅうに美味しそうなものがあるのでひたすらお腹とお財布と相談です。(笑)

 

栗の点心”朱雀”

  そしてそして!こちらが今回の旅のメイン、小布施堂!

 小布施堂は栗の郷、小布施に本店を置く栗菓子の老舗。そんな小布施堂の本店のみで、新栗の時期だけしか食べることのできない幻のスイーツがあるのです。

 

 それがこちら。その名も「朱雀(すざく)」!!。

 

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 整理券の配布は平日は8:30から、休日は8:00から始まります。

 朝8時半前から並んで10:00からの回の整理券をゲットし、ようやく食べることができました。私が行ったのは平日だったのでいつもよりかなり空いていた(といってもそこそこ並んだ…)らしいのですが、休日に整理券を手に入れるには気合を入れて早くいかなければなくなってしまうそう。駐車場も込み合うので、車で行く際は注意が必要です。

 

 ”栗の点心”朱雀は、蒸した新栗を裏ごししたものを栗餡の上に盛り付けた、まさに栗の素材そのものを味わう、繊細な栗菓子。

 

 新栗の時期の一ヶ月間、一日400個限定ということもあって、これを目当てにはるばる遠方から小布施を訪れる人も多いです。

 

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  スプーンですくって一口。適度にしっとりとした、やわらかい素麺状の栗がほろほろと口のなかでほどけます。

 砂糖を入れる前の状態なので、素材の味。モンブランのように甘くはありません。

 

 栗そのものの味を楽しんだあとは、真ん中にある栗餡と一緒に頂きます。この栗餡もまた美味しい。

 一口、また一口と栗を味わううちに意外とお腹いっぱいになります。

 お茶も美味しい。なんて贅沢なんだ…。

 

 

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 今回の旅の動機は「秋だから栗が食べたい!!」だったので栗中心に楽しんできましたが、小布施は栗だけじゃないです。楽しめるところがいっぱい!

 ぜひ一度訪れてみてください。

 

小布施文化観光協会公式サイト「信州小布施案内図録‐小布施日和」(小布施観光協会)

 

 

 

 

 

「社会貢献」とは何に貢献しようとしているのだろう

 

 こんにちは、柴原智咲(しばはらちさき)です。

 

 先日、とあるビジネススクール主催の、ソーシャルビジネスプランを発表するコンテストを見てきました。

 …そこに行った私が持ち帰ったのは、なんだかわからない「違和感」。

 

 なんなんだ、これは...?!!

 

 ~というわけでこの違和感の正体について考えてみましたよ、というお話です。

 

社会をより良くする

  社会起業家。ソーシャルビジネス。

 最近、友人がこの手の方向で色々走り回っているので知ったのですが、近年、じわじわと盛り上がっているワードのようですね。

 

 ソーシャルビジネスとは、ざっくりといえば「社会貢献」と「ビジネス」を一緒に進める――ビジネスの手法で社会問題の解決を図る―—といった活動ですね。

 

 さて。ここで既に私は違和感というか、引っ掛かりをおぼえました。

 

 ”社会をより良くする”

 

 ちょっと待って。「社会」ってなに...?「より良く」ってどういうこと...?

 

 ”ソーシャルビジネス”のメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。

  • 社会問題の解決
  • 自身の成長
  • 新たな雇用、市場の創出
  • 社会の活性化

 

 確かに「イイコト」のように思えます。「イイコト」なんでしょう。

 でも、だからと言って、「社会に貢献する」を前面に押し出す姿勢には違和感があります。事業が本当の「貢献」になっている立場に居ればまあ「イイコト」。しかし、「貢献」の陰ではまた何らかの問題の種が芽吹く。それに対して、またさらに違う人が違う手法で「イイコト」をする...。

 

 ソーシャルビジネスの名をもって、「社会の為だ!!」と人々がそれぞれに、「イイコト」を推し進める状態。

 ソーシャルビジネスは、その根本に「変えたい」という志があるからこそ強い。しかしそれは裏返せば「それしか目に入らない状態に陥りやすい」ということではないでしょうか。

 

 そもそも、「社会」って、なんでそんなに解決しなきゃいけないことが多くなってるんだ??

というか、「変える必要」ってどれだけあるんだ??

 

 

社会の為か、自分の為か

  「社会のため」「望んでいる人がいるから」。それもまた事実だと思います。

 一方で、「人に認められたい」「人に感謝されたい」という、いわゆる承認欲求も、ソーシャルビジネスというものには絡んでいるように思います。

 

 自分が活躍できる場が欲しい。

 自分の存在理由が欲しい。

 

 社会に貢献するのが生き甲斐、という裏には、「社会に貢献して、何かをやり遂げている自分」という存在への意識が潜んでいるのでは?と思います。

 

 私自身はやったことはありませんが、発展途上国への支援ボランティア等の話はよく耳にしますね。

「子供たちの笑顔で、大きな達成感を感じました」

「こんな私でも、力になれたという自信がつきました」

 

 確かに、「より良い」ほうへと進む一歩だろうと思います。

 でも、そもそも「より良い」って何??「より良い」ってそんなに良いことなの?? 

 

 

 必死に何かをする。必死に取り組む。社会を変えようとする。

 

 しかしこの「必死さ」が、他者のためという建前のもとで、「自分の存在する意味」を求めようとしている漂流者のもがきのように思えるのです。

 ”次の時代を担う”私たちが目指すべきは、こうした他者への働きかけをする「社会貢献」なのか、はたまた個々が自分の存在の意義を問い、自分を確立して、「満ち足りた個人」になることなのか。

 

 今回のコンテストは本当に熱い場でした。何かを成し遂げる、というのは誰しもワクワクしますし、実際に活動している人々の姿に影響を受ける人も多いだろうなあと。

当然「刺激しあって高めあう」「ソーシャルビジネスの促進」という面もあったわけですが、だからといってこのようなコンテストから影響を受け、ただ「自分もやってみよう!!」と安易に思うだけではいけないと思いました。

 

 「変えたい」という意志があるからこそ、「目の前を変える」ことだけを見ずに、「変えたい」と思う人間のコミュニティ内では完結しない、広い思考をするべきではないでしょうか。

 

戸隠古道を行く。戸隠神社、徒歩での五社巡り。②

 

 こんにちは、柴原智咲(しばはらちさき)です。 

 

 お待たせしました、戸隠神社五社巡りの記事の続きです。

 (前回の記事はこちら↓) 

 

umbrelland.hatenablog.com

 

 

宝光社を目指す

 戸隠、といっても最初はいまいち全体像が分からないと思うので、まずはマップを見てください。観光協会が作っている戸隠古道マップがとても見やすいしわかりやすいです。

togakushi-21.jp

 

 

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 さて、迷いながらも無事に戸隠古道に入ると、こういう感じの道を歩いていくことになります。もちろん全然人が居ません(笑)。

 一人で行く人は熊鈴が必須だと思いますし、一人でなくてもにぎやかに話しながら歩いたほうがいいんじゃないかなあ。

 

 山歩き、森が好きな人はもうワクワクしちゃう素敵な雰囲気の道です。たのしかったです。

 

 しかし。

 地図を見るとわかると思うのですが、戸隠古道、途中まではだいたい車道に沿っています。沿ってはいるけどまあ平行なだけかな、と思っていたのですが、実際には車道のすぐ横です。下の写真の右側、ちょっと歩けそうな草が生えているところ。これが実は戸隠古道なのです。古道感はどこへ......。

 

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 とはいえずっと車道横、というわけでもなく、たまに森のほうへ入ったりしながら、ひたすら歩きます。道も平坦だし、大きなみどころは特にありませんが、花が咲いていたり、栗が落ちていたり、不思議な形の木が生えていたり、のんびりお散歩、という感覚です。

 

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 ずっと車道沿いだと、本当に戸隠古道を歩いているのか...?という気分になりますが、時々標識もあるので、道に迷うことはないかと思います。

 

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 しばらく歩くと、案内板のある場所に出ます。地図にある「祓沢」のところですね。

ちなみにここ、案内板のほうに下りずに上の道を少し行くと、そば畑が広がっています。バス停から少し離れた、徒歩で行くからこそ行けるところ。写真を撮り忘れてしまったので、ぜひ自分の目で確かめてほしいと思います…。

ちなみにそばの花期は6月から10月です。

 

 ここで、車道沿いの道が終わるので、いよいよ古道ウォークらしくなっていきます。

 

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町石(ちょういし)

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 戸隠古道を歩いていると、たびたび上の写真のような石があるのに気付くかと思います。戸隠に限らず、徒歩での参拝者が多い登山道やハイキングコースでも見かけたことがある方もいるのではないでしょうか。

 

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  このような石は、「町石〈丁石〉(ちょういし)」と呼ばれる、里程標です。

注意していないとつい見逃してしまいそうになりますが、一町(約109m)ごとに置かれています。

  昔のものは、崩れてしまったり、埋もれてしまったりしており、多くは近年作り直したもののようですが、一の鳥居跡から宝光社・中社、中社から奥社へ続く道の脇にずうっと続いています。

 かつて、参拝者たちは、この町石を頼りに戸隠古道を歩いていたのでしょう。時を経て私は今、その同じ道を歩いているのか...と思いながら足を進めます。

 どうせなら全部写真に撮ってやろうじゃないか!と意気込んで始めてみましたが、だんだんと面倒になってきて、途中で挫折しました(笑)

  写真の説明にもあるとおり、奥社参道では杉に飲み込まれつつある町石をみつけることができます。

 

 ...と、それにしても驚くほど人に遭遇しない。平日だったせいもあるのかもしれませんが、本当に人がいなくって、少し怖くなるくらい。

後日旅先で出会った、長野市出身のお姉さんに戸隠徒歩巡りの話をしたらめちゃくちゃ驚かれました。地元民でも行ったことないそうです。たいていの人はバス利用。

まあその分ゆっくり歩けて楽しかったな。

 自分の足音と、熊鈴の音、そして風の音をききながら先を目指します。人がいないのでもちろん歌いながら歩いても大丈夫です。

 

 静かな森を歩いていると、普段より周りを見たり、色々なものがあることに気が付きます。季節は秋。

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  かわいいですね。

いずれはこうした動植物などの知識も持って山歩きをしたいものです。

 

宝光社へ

 さて、”払沢”のところから、すこし車道から遠い道を歩きます。そのうちに、突然林道が終わって、道路に出ます。ここの道路を渡って左の奥のほうにあるのが地図に載っている”熊野の塔”。

…うん。まあ目印にはなります。

 

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 宝光社まではここから30分ちょっと。戸隠マップのコースタイムと同じくらいで着きました。

 熊野の塔から少しだけ道路を歩いて、再び森のなかへ入ります。

  地図を見ればわかるように、火之御子社のほうまでしばらく進んでから左にいくと、宝池という池があるようです。今回は手前の道で行ったので見ていないのですが、体力に余裕のある人は足を延ばしてもいいかもしれません。

 

 そして。車道に出たら目の前に宝光社!!

…というのを想像してたのですが、いきなりただの車道に出ます。ただの車道でした。車やバスもちらほら。

 

 この辺りにも宿坊があるので、急に現実世界に戻ってきたかのように感じます。

方向感覚もわからないので戸惑いますが、宝光社は車道を少し下ったところにありました。

 まずは戸隠神社最初の社、宝光社。ちょっとドキドキしながら境内へ向かいます。

 

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 (次回の記事はこちら↓)

 

 

戸隠古道を行く。戸隠神社、徒歩での五社巡り。①

 

 

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 こんにちは、柴原智咲(しばはらちさき)です。

 はじめましての方、お時間ありましたら ざっと自己紹介にも目を通していただけると嬉しいです。↓

 

umbrelland.hatenablog.com

 

 

 さて先日、長野県戸隠に行ってきました。

 最初の記事以来のひとり旅です。

 

umbrelland.hatenablog.com

 

 成人してから初のひとり旅。ついに旅先でアルコールが飲めるように。

旅の楽しみの幅も広がります。(笑)

 

 今回は長いのでいくつかの記事にわけて投稿していきます。

 

戸隠神社とは

  戸隠は長野県長野市の北西部にあります。

 JR東日本「大人の休日俱楽部」のCMで有名になった樹齢400年を超える杉並木が印象的な、パワースポット。

 CM自体は知らなくても、真っ直ぐな参道の両側に立ち並ぶ巨大な杉並木の写真をどこかで目にしたことがあるのではないでしょうか。一度は自分の目で見てみたい魅力がありますね。

 

 戸隠神社とは何ぞや、ということでまずは基礎知識を。

 戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。
その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。
平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。
  江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めました。

明治になって戸隠は神仏分離の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至ります。

 

(戸隠神社HPより引用)  

 

 

 うーん、長い!

 とりあえず、戸隠山というところに五つの神社があって、五つまとめて「戸隠神社」と呼ぶわけです。で、この五つの神社を全部まわるとバランスよく運気が上がるといわれています。これが五社巡り。

 

 順番的には、「宝光社(ほうこうしゃ)」→「火之御子社(ひのみこしゃ)」→「中社(ちゅうしゃ)」→「九頭竜社(くずりゅうしゃ)」→「奥社(おくしゃ)」が一般的。

 

 これが正式!とか順番なんてない!とか色々言われているようですが、私はこの順番でまわりました。

 戸隠までは、長野駅からアルピコ交通の直通バスが運行しています。

www.alpico.co.jp

 

 交通について詳しくは後のページでまとめますが、「戸隠高原フリーきっぷ」というお得な切符も発売されています。こちらは大人2600円でなんと5日間有効(2018年9月現在)という、戸隠に数日滞在するなどプランによっては物凄く得する乗車券。ただ、徒歩の五社巡りだけの場合は元が取りづらいので、基本は歩く!という方にはあまりおすすめしません。

 それにしても、さすがフリー切符の充実している信州ですね。

 

戸隠古道を行く

  戸隠山は、古くからの山岳信仰の地。多くの修験者が参拝のために歩いた道が、今も戸隠古道として残っています。

 戸隠古道の起点は、飯縄山(いいづなやま)の麓。かつてはここに、戸隠神社の一つ目の鳥居があったのですが、200年ほど前の大地震で倒壊してしまい、今現在はその一部が残るだけ。

 

  ここは現在、一の鳥居苑地という飯綱高原最大の自然公園となっています。

(実を言うと私はバスを降りて早々、プチ迷子状態となってしまったので鳥居跡は見れませんでしたが...。)

  ここでも、ヤマツツジをはじめ、春の訪れから秋の紅葉までさまざまな植物が楽しめるようです。

 

 さて、長野駅からの直通バスに乗ること約45分。一の鳥居を目指すべく、バスを降ります。 

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 戸隠古道、というくらいだから、すぐに標識とかあるんじゃないか...?そんな私の期待を見事に裏切った一の鳥居バス停。

 

 車はたまに通るけれど、歩いてる人はひとりもいません。戸隠古道の方向どころか、一の鳥居苑地の方向さえわからず...。

 

 でもまあ歩けばどっかに着く!と、車道に沿って進んだ先にカフェがあったので、そこで道を訊いてみました。戸隠神社に歩いていきたいんですけど、どっちに行けばいいですか...。

  親切にも地図まで出して説明してくれたのですが、曰く、

「道はあるけど...熊の道ですよ?」

とのこと。

 

 そうなんです、その熊の道を歩きに来たんです......。

 

 ~と、「熊の道」とは言いましたが、これが比喩ではないんですね、さすが長野。戸隠一帯も、ツキノワグマの生息地。神社周辺にも出没するらしく、熊鈴は欠かせません。

 

 聞けばつい数週間前にも目撃情報があったばかりだそうで、20代女子ひとり歩きはさすがに心配されました。季節も秋ですし。

 

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 何はともあれ、カフェでもらった地図のおかげもあって無事に戸隠古道へと入りました。

 

 ここからまずは、宝光社を目指します。  

 

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